1.歯車











オーブ、モルゲンレーテ。


カレッジのカリキュラムが終了した後、はここへ向かう。
なぜ一介のカレッジの学生であるが、モルゲンレーテに向かうのか。それには理由があった。


が1年半前、ヘリオポリスのカレッジにいた時に提出したある論文。
何の因果かその論文がモルゲンレーテのエリカ・シモンズ主任の目に止まり、
彼女の助手として働くことになってしまった。


はカレッジを辞めたくはなかったし自分の力には自信が無く、
ヘリオポリスからオーブへ非難してきていてばたばたしていた為、最初は断った。
だがカレッジの勉強には支障をきたさない様に、勉強や私用優先でかまわないとの答えをもらった。
ここまで言ってくれているのに、断るのも悪い。そう思って結局、了承することとなってしまったのだ。


いつも作業着に着替えるロッカールームの扉を開くと、そこには先客がいた。
「あ、 !」
「今日は遅いね〜?いつもなら30分前には来てるのに。」
「本当に珍しいよね。なにかあったの?」
が扉を閉めると矢継ぎ早に質問が返ってくる。
友人のアサギ・コードウェルにマユラ・ラバッツ、ジュリ・ニー・ウェン。


彼女たちは今開発中のM1アストレイのテストパイロットだ。
「あはは。ちょっとカリキュラムがね、長引いちゃって。」
三人に苦笑しながら、は遅れた理由を話した。


「あ、この間言ってた教授の講義?」
「うん、そう。あの教授の講義っていいことばかり聞けるんだけど、ごくたまに熱中しすぎると
なぜか終了時間過ぎちゃうんだよね。」
ジュリの質問に答えながら、鞄を開く。


『ピュイ』


そこから黄色の小鳥がひょっこりと顔を出した。いや、よく見ると小鳥ではない。
普通小鳥には羽毛があるはず。その小鳥のような生き物は、機械的なメタリックの光を放つ。
機械鳥だ。


「ピュイ。」
が名を呼ぶと、鞄から飛び出して彼女の肩へと飛び移る。


「あ〜、ピュイ!」
「相変わらず可愛い!」
、着替える間貸してもらってもいい?」
アサギたちはピュイと呼ばれたその機械鳥をとても気に入っている。
ピュイが好かれていることはも嬉しかった。自分の可愛い相棒。
実はピュイには、お仲間がいた。
の従弟であるキラ・ヤマトの相棒で黄緑を基調にした「トリィ」だ。


はピュイを、キラはトリィを。
三年前の月での別れの日、幼馴染のアスラン・ザラから譲り受けた。
優しくしっかりしていて、手先は器用だったが人付き合いは不器用だった幼馴染。
プラントにいるはずのアスランは元気にしているのだろうか。
そして優しかったアスランの母、レノアも。


そして今、キラはどうしているのだろう。ヘリオポリス崩壊後、地球軍の戦艦に救われたと聞いた。
そして友達のミリアリア・ハウ、トール・ケーニヒ。
そして彼らと同じサークルの仲間だったサイ・アーガイル、カズイ・バスカーク。
キラが憧れていたフレイ・アルスターも。


だが、心配事が少しあった。理由はキラがコーディネーターだからだ。
大西洋連合はコーディネーターが住むプラントと戦争を行っている。
連合の兵士はコーディネーターをよく思っていない人が大半だ。
しかもフレイ・アルスターは父親の影響でコーディネーターへの蔑視感情が強いと聞いていた。


そんな中、いくらトールやミリアリアがいてくれてフォローしたとしてもコーディネーターのキラは
孤立しがちになっている可能性が高い。
コーディネーターに対する偏見や異質なものを見るような目を向けられているのなら、
あの優しいキラが傷つかないはずがないのだ。


ピュイと遊んでいる三人を尻目にそんなことを考えながら、スカートからジーパンに着替えて、
オーブの赤いジャンパーを羽織る。


「お待たせ。じゃあ行こうか?」
ロッカーの扉を閉じ、待っていてくれた三人に声を掛けると、アサギたちは次々と立ち上がる。
『ピュイ』
それと同時にピュイがこちらへと飛んで来て肩に止まった。


「あ、そうだ。」
中心部へと向かう道すがら、ふと思い出したようにマユラが、を呼ぶ。
「どうしたの?マユラ。」
ジュリと先に進んでいたは、後ろを歩くマユラへと視線を向けた。
「あのね、さっき小耳に挟んだんだけど・・・。」


マユラの話によると先日のオーブ近海近くでザフト軍と交戦していた地球連合の戦艦が、
戦闘で傷ついた修理のために密かにオーブに入ってきているということだった。


「え?でもよくウズミ様が了承されたわね。」
MS開発が行われていたヘリオポリスの一件。
開発されたガンダム5機のうち、イージス、デュエル、バスター、ブリッツはザフト軍によって奪取され、
連合の手に渡ったのは残る1機、ストライクのみだった。
開発したMSを連合へ渡そうとしたことで、プラントは「中立と叫びながら、連合へ加担しているのでは」と
いう疑いをオーブに抱いていると言える。


はそのヘリオポリスに叔父夫婦と従弟と住んでいた。
彼女の両親はすでに亡くなっており、叔父夫婦に引き取られていたのだ。
元々、1年前亡くなった父親が留守になることが多かった為、叔父夫婦に預けられていたので、
父が亡くなったことで大きなショックを受けたが、それ以外は環境は変わることはなかった。


ヘリオポリスにザフト軍と地球連合軍が進入したあの日。平和だったコロニーは地獄絵図と化した。
の脳裏にはあの日のことが、昨日のことのように焼きついていた。
友達もその家族にも死んだ人がいた。そして未だに行方が知れぬ人も。
従弟のキラや共通の友達だったミリアリアやトール、そして彼らのサークル仲間であるサイ、カズイ。
サイの親の決めた婚約者であるフレイはその中に含まれていた。
とヤマト夫妻がキラが地球連合の戦艦に救助されたことを知ったのは、
地球のオーブへと逃れた少し後のことだ。


サイ、カズイとは面識が無くキラの写真でのみでしか知らない。
フレイに至っては、取っているカリキュラムが重なることがあるので顔のみは知っていたが言葉を交わしたことは
まったくないと言っていい。
それに自身、フレイにいい感情は持っていなかった。
彼女がコーディネーターに蔑視感情を抱いていると知っていたからだ。


はナチュラルだが、キラやアスランというコーディネーターが身近にいたことで、
コーディネーターはナチュラルに比べ優秀だが、泣きもするし、笑いもする同じ人間だということを
ちゃんと理解していた。
また父親であるカイト・が「コーディネーターとナチュラルは同じ血の通った人間であり、同一の者だ。」と
口癖のように言っていたこと、そして医者であった父自身、彼らを平等に扱い、救おうとしていたこともあって、
自身も自然と差別的感情を抱いたことは一度も無い。
というか、イジメとかそういう差別的行為を相当嫌っているのが一番の理由なのだが。
だが、フレイのコーディネーターに対する感情をキラに伝えられないでいた。
そんなことを知れば、キラはとても傷つくと知っていたから。
だがそのことを言わなかったことを今は後悔している。
ナチュラルの中にコーディネーターが一人。その事実がキラを貶めているかもしれない。
フレイはキラがコーディネーターだと知れば、露骨に嫌がることを言うのだろう。
言葉は交わさなかったが、彼女の話し方、しぐさ、表情を見ればそのことは容易に知れた。
傍にいれば慰めることは出来るだろう。
でも今は自分はキラとは離れている。その事実がを不安にさせた。


結局MS開発について一件はウズミが与り知らぬところで、機械相の独断で行われたものだった。
ナチュラルとコーディネーターの融和を望んでいるウズミが知っていれば絶対に止めただろう。
そんなウズミが、プラントのオーブへの疑念を増大させるまねを軽はずみにするはずがない。
幼い頃からは、ウズミと何度か会ったことがある。
父親同士が親しい友人だったこともあって、父親が休暇を取ったときに何度か、オーブへ訪れ会っていた。
その際、ウズミの娘であるカガリとも出会ったのである。
その点でカガリも にとっては幼馴染だと言っても過言ではない。


「私たちも理由はわからないんだけどね〜。」
う〜んと考え込みながらジュリが言うと、
「けどシモンズ主任は対応に追われているらしいわよ。」
そうアサギが付け足した。


「地球連合の戦艦・・・ねえ。」
キラが乗っている艦なのだろうか。いや偶然にしては都合が良すぎるような気がする。


そんなことを考えていると、
『ピュイ?』
肩に乗っていたピュイがなにかに気づいたように小首をかしげたと
思ったら、ティーから離れどこかへと飛んでいく。

「こら、ピュイ!」
続けてどこ行くの!と言おうとしたが、ピュイは帰ってくること無くそのまま飛び去ってしまった。
「なんなのよ、もう!ごめん!アサギ、ジュリ、マユラ。ピュイ、回収してから行くから、先に言ってて!」
そう三人に告げると、三人が止めるまもなくはピュイの向かった方向へと駆け出していた。






あとがき
SEED本編より長編開始です。
いよいよキラとの再会。




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