将の進めにより浴室を借りて1時間半後。
湯から出た有希は濡れた身体を拭いて、乾燥機から衣服を取り出す。
そのとき頭が朦朧とし、ふらりとよろけてしまう。
お湯に浸かりながら、考え事をしていたせいだろうか?
朦朧とする意識を元に戻そうと努力しながら、乾いた衣服を身に着ける。
身に着けたとたん、くらりと視界が回った。

(やば・・・、のぼせたせい?)

めまいを消そうと頭を振るが、逆効果だったのかよけいにひどくなる。
立てなくて足が崩れた。

(また・・・・、迷惑をかけるわけにはいかないのに。)

霞む意識の片隅でそう考えながら、有希は壁へと寄りかかる。そこで意識が途切れた。



(気持ちいい・・・。)

額に濡れた感触。その冷たさで有希はゆるゆると目を開いた。
まず見えたのは自分の部屋ではない見知らぬ天井。

(ああ、そうか。・・・私、のぼせて・・・。)

ぼんやりとした頭で、今の自分の状況を思い出す。
今は将の家にいるのだと。
浴室を貸してもらったのはいいのだが、長く浸かりすぎたせいでのぼせてしまったのだ。


「気がついた?」

そう声を掛けられて横を見ると、タオルケットを持ってホッとした顔を浮かべる将がいた。

「風祭・・・。」

「・・・大丈夫?浴室で倒れてたんだよ。2時間たっても出てこないから心配になったんだ。

ノックしても返事が無かったからおかしいと思ってみてみたら倒れてたもんだから驚いた。」
将がタオルケットを掛けてくれながら、そう言うと有希の額に乗せてあったタオルを、
ボウルに入れている水に浸して絞り、改めてまた額に置く。

「・・・・ありがと。ごめんね、迷惑かけて。」

額にあるタオルの気持ちいい冷たさでだんだんと意識がはっきりしてきた。
改めて迷惑を掛けてしまったことを申し訳なく思う。
だが将は安心させるような笑顔で、にっこりと笑った。

「気にしないでいいよ。あのさ・・」

「?」

何かを言おうとして気まずそうに口ごもった将の様子に首をかしげた。

「気になってたんだけど・・・・なにか、あった?」



その将の言葉に内心ぎくりとするが、顔には出さずさりげなく聞いてみた。

「嫌だなあ、風祭の気のせいよ。別になんでも・・・」


「小島さん。」

笑ってごまかそうとするが、将には通じなかったようで。
ごまかすような有希の言葉をさえぎって、真剣な顔をして見つめてくる。
ごまかしは通用しないという目だった。
その目に萎縮されて有希も言葉が続かない。


見詰め合ったままの状態は、実際はもっと短かっただろうが、いやに長く感じて絶えられなくて、
先に目を逸らしたのは有希の方だった。

「・・・・・なんで、」

わかるのよ、と続けようとしたら、将が口を開いた。

「・・・少し表情に元気がなかったし、なんか悲しそうに見えたから・・・。」

思わず将の方へと顔を向けると、うつむく表情にまずいことを言ったかもとありありと表れていた。
でもなぜ鈍いところは鈍いのに、こういうときだけどうしてこんなに鋭いのか。
だいぶ気分が良くなってきたので、ゆっくりと起き上がる。
それに気づいた将が肩を抑えるが、それを「大丈夫」と言うように手で制して座る大勢へと変えた。
気まずい空気が流れて少しの間沈黙が支配した。


「・・・また、母親と喧嘩しちゃったの。」

口火を切ったのは有希だった。なぜか自然に口に出していた。

「レギュラーもうすぐ取れるかもって報告しようとしたら、
『もうサッカー留学なんて止めて日本に帰って来い』とか、
『レギュラー取れるとは限らないんだし』とか言われて頭にきちゃって。」

もともと母親は有希がサッカーを続けるのをよく思ってなかった。
「女の子がサッカーなんて。」それが母親の口癖だった。
サッカー留学をすると言い出したときも、母親だけが頑固に反対した。
そのときは兄の口ぞえでしぶしぶ了解はしてくれたものの、帰ってくるたびにくどくどと言われて
今日はついにキレてしまい、気分転換にランニングに出たあげく雨に降られてしまったのだった。。


今まで溜め込んできた物を吐き出すよう有希の言葉を、将はなにも言わず黙って聞いてくれていた。
中学時代、思う存分にサッカーができないと言う現実に苛立ちを感じていた自分。
その鬱憤や何の障害もなくサッカーが出来る者に対する嫉妬を、
「サッカーを甘くみる奴らをこらしめる」という名目で
ごまかしてアンブロ仮面に扮していた自分。

そんな自分に「女の子」である小島有希はでなく、「小島有希」という一人の人間として扱ってくれ、
「一緒にサッカーをやろう」と最初に言ってくれたのは将だった。
この言葉がどんなに自分が嬉しかったかを将は知らないだろう。
そしてそのときから有希の中で将は気になる存在へと変化していったのだ。
それがきっかけでサッカーに再び触れることが出来、みゆきや麻衣子など
サッカーを一緒にやってくれる仲間に出会うことができた。



「・・・私はただ・・・解って欲しかっただけ・・・なのに・・・。」

本当は喧嘩なんかしたくはない。ただ認めて欲しいだけなのに。
目の奥が熱くなる。涙がこぼれそうになって、ぐっとこらえた。

「・・・・小島さんは、『サッカーがどんなに好きなのか』とか、
『サッカーに対する自分の姿勢を認めて欲しいだけだ』って、お母さんに言った?」

それまで黙っていた将が口を開く。そう言われてみればと考えてみる。
そういえば、言おうとはしたものの、ただ頭ごなしに反対されるので
いつのまにか売り言葉に買い言葉で口論になっていたり、
母親に言っても自分のサッカーに対する姿勢などは解らないと高をくくり、
伝えてなかったような気がする。

「そういえば言って・・・・ないかも・・・。」

有希がぽつりとつぶやくと、

「それじゃ言わなきゃ。小島さんが伝えたいことを全部。
わかって欲しいって思ってても、言葉にしなきゃ伝わらないよ?
大丈夫、きっと解ってもらえるって。小島さんに色々言うのだって心配してくれる証拠じゃないか。」

将は笑顔を浮かべて言った。その笑顔を見た瞬間――――。


ぽたり。
ぽた、ぽたた・・。
耐え切れなくて、将の優しさが身にしみて・・・。涙が瞳から零れ落ちる。

「う、うわっ!こ、小島さん!?」

急に泣き出した有希を見て将が慌てる。でも涙は止まらなくて。

「・・・ご、ごめ・・・。止まんない・・・。」

言いたいことを吐き出してホッとしたせいかもしれない。
”大丈夫。”
将に言われると本当に大丈夫だと思ってしまうから不思議だった。



「・・・急に泣いたりして、ごめん。」

涙が止まる気配を見せた頃、瞳に溜まった涙を拭おうとした。
又困らせたかもしれない。そう思いながらも気恥ずかしくてうつむく。

だが有希が涙を拭うその前に頬に手が添えられ、そして目じりに溜まった涙を指で優しく拭われる。
その後、手がちょっと下に移動したと思ったら唇に指が添えられて思わずびくりと身を震わせる。
顔を上げて思わず将の顔を見つめると、自分を見る彼の瞳がいつもと違っていた。
その瞳の奥にあるわからないなにかを認めた瞬間、背中がぞくりとあわ立つ。

得体の知れないものに身体が無意識に拒否を示したのか、思わず立ち上がってしまう。
しかし急に立ちすぎたのが悪かったのか、激しい眩暈に襲われて足が崩れる。

「危ない!!」

そんな将の声が響いてぐいっと腕を引かれたと同時に、どさりと何かの上に倒れこんでしまった。


(あれ・・・・、痛くない・・・。・・って、ちょっと待って!?)

あまり痛みを感じなかったので、そろそろと目を開けたとたん、今陥っている状況に固まってしまった。
有希は将の腕の中にいた。

慌てて離れようとしたものの、強い力で引き寄せられる。ばくばくと心臓の音がうるさい。
あまりの状況に頭がパニックになる。ぐるぐる回って考えがまとまらない。
細身に見えて案外広い胸。肩幅。力強い腕。
自分とは全く違う”もの”を感じて改めて将を”男性”だと意識した。

「ああああ、あのね、風祭!大丈夫だから離して・・・!」

逃れようとしてもびくともしない。またさらに腕の力が強くなった。
なんでこんな細身の身体でこんな力がでるのか。



「・・・・ん・・・。」

耳の近くで将がなにかを言ったがよく聞き取れない。でもいつもの声と若干低めに響く。
その声が何か艶めいて聞こえて、どきりとした。

「・・・・ごめん。」

その瞬間、腕の力が緩む。怯えさせてしまったことを謝罪しているのか。
それとも有希の意志を聞かずに、抱きしめたことを謝罪しているのだろうか。
加えられた力が緩んでほっと息をつくが、将の右手の指が顎を捉えて上向かされる。
傾き近づいてくる彼の顔と、ゆっくりと閉じられる目。
それを見て彼の意図とさっきの謝罪の本当の意味を悟る。

「だ、だめっ・・・・。」

左手が後頭部へと回される前に、腕で将の胸を押して身をよじった。
「な、流されてその場の勢いで、こんなことしようとするのって駄目だよ。」
将の顔をまともに見れず、務めて冷静を装いながら答えるが、声が震えてしまう。

「私はそんなのは絶対嫌よ。だって・・・私、風祭のこと・・・・!」

いつのまにか気持ちを口に出していて、口を思わず押さえた。
将のことを好きな有希としてはその場の勢いで、なんて絶対嫌だった。
万が一流されてしまえば将も有希も傷つくことになるのだから。


「・・・・好きだからって言ったら?」

真剣な声音でささやかれた。

「え・・?」

今将はなにを言った?
顔を上げると熱っぽく、それでいて苦しさをかみ殺したような将の顔があった。

「キス・・・しようとしたのも、・・・抱きしめたのも。」


そういうとふっと笑う。

「全部俺の意志だった。小島さんが好きだからだよ。」

「う・・・・そ・・・。」

改めて言われた言葉に呆然としてしまう。

「嘘じゃないよ。」

証拠みせようか?将はそう続けて右手で有希の顎を捉えて上向かせ、口付けた。
最初は優しく触れる。そして一度唇を離れたと思ったら、また口付けられる。
左手は腰に、顎の位置にあった右手はいつのまにか後頭部へと回されていた。
次第に深く、貪られるような口付けに変わっていく。
朦朧とする意識の中で、恋愛に関しては全くの奥手だったのに、
いつのまにこんなことを覚えたのかという将に対する疑問は消えていき、
まだ降る雨の音とささやくような将の声だけが脳裏に響いていた。








あとがき





ギャー!!こっぱずかしすぎる〜!!!
なにこれ、なにこれ、
なんなんですかこれ(笑)!!
攻め将をコンセプトにして書いてみたんですが、
なんかアダルティに・・・・。
そして気がつけば有希ちゃんもカザ君も別人に!!
なんか後半カザ君が黒い・・・というか灰色・・・?