雨
突然の土砂降りの雨―――― 。
「あーっ!もう最悪っ!!!」
小島有希は文句を言いながら走っていた。
走るたびにバシャバシャと水を跳ね上げている靴は、もうぐっしょり濡れている。
(雨が降るなんて、天気予報じゃ言ってなかったのに!)
本当に最悪だ。ついていない。
天気予報では一日中快晴だと、ニュースでも言っていたから、気分転換にジョギングに出たのに。
どこかに雨宿りができる場所がないか走りながら周りに視線をさ迷わせるが、
目に流れてきた雨水のせいで、ときどき視界がさえぎられるので、
なかなかいい場所が見つからない。
見つけたとしても、やはり有希と同じ立場の者たちが多いようで、
そこはもう彼女が入るスペースは確保できなかった。
しょうがないので二駅ほどの距離がある自宅まで走っていこうか、と思っていた矢先――――。
「小島さん !!?」
覚えがある声が聞こえて、どきり、と胸が鳴る。
「きゃ・・・・・っ!」
まさかそんなはずはないと思った次の瞬間、腕を掴まれてぐいっと引かれた。
勢いよく振り向くと、視線の先にやっぱり彼の顔があった。
「風・・・・祭・・・?」
最近は将はドイツのクラブユースチーム。
有希はアメリカのユースチームに所属。めったに日本に帰ってこない。
互いに忙しいこともあり、以前のようにはあまり顔を合わせなくなっていた。
その青年との再会に、おもわず有希はぽかんとした顔を浮かべてつぶやいた。
一方、将はびしょ濡れの有希をみて一瞬ぽかんとしていたが、急にぎょっとした顔になると、
「・・・・・・・っっ!? 小島さん、ちょっとこっち!」
「え、ちょっ・・・・!!」
有希の肩に引き寄せて勢いよく歩き出す。
肩を掴んだ将の手がぴくりと動いたが、将の突然の行動に面食らってしまった有希は気づかなかった。
いや、それどころではなかったと言うのが正しいだろう。
それは肩を引き寄せられたため、自然と寄り添っているようになっているからだった。
触れた場所から将の暖かさが伝わってきて、胸の鼓動を治めるのに必死だったからだ。
「一体どのくらいこの雨の中、走ってたんだ !凄く冷え切ってる!」
責めるような将の声音と、なにか怒ってる空気が伝わってくるのを感じた
有希は、むっとして頭半分ほど高い彼を見上げる。
将は憮然とした顔をして、自分の方に視線を向けたものの、また彼女から目をそらした。
「・・・・だってしょうがないじゃない。天気予報じゃ雨がふるなんてな・・・・っ、くしゅん
!!」
将の態度と、ちょっと腹が立った有希は彼に抗議を訴えようとするが、
急に背中に悪寒が走りくしゃみをしてしまった。
その有希の様子に、将は歩みを止めて彼女の肩から手を離すと苦笑を浮かべる。
「ほら、みなよ。・・・・とにかくこのままじゃ本当に風邪ひいちゃうし、とりあえずこの近くに
俺のマンションがあるから雨宿りついでに服も乾かせばいい。」
俺のマンション?その言葉に有希はぽかんとして将を見つめた。
たしか将はドイツにいるのではなかったか。それなのにどうして日本に住まいがあるのか。
「あ、そうだ。小島さんには言ってなかったっけ。とりあえず功にいだけ日本に戻ってくることになったんだ。
それに西園寺さんや松下コーチがいろいろと手続きしてくれて、
Jリーグのチーム練習にも時々参加するようになってるから、結構日本に戻ってくる機会が多くなるんだよ。
ドイツには天城もいるし、もう功にいだけでも戻ろうかって話になって。」
有希の疑問を察したのか、すぐに将が答えてくれた。
「で、でも悪いわよ、そんなの!」
疑問は解決したが、それはさすがに功や将に悪い。
この気持ち悪さが解消するのは嬉しいが、迷惑はかけたくなかった。
「その・・・・、言いにくいんだけど・・・小島さん、その、今どんなかっこしてるか、判ってる・・・?」
「え?」
言っている意味がわからない。今の自分の格好というと、
黒の長袖 Tシャツに、ジャージのズボンなのだが・・・?
将をみると彼は口元に手をやり、有希から視線をそらしていた。
その顔がほのかに赤いような気がするのはなぜだろう?
そして改めて自分の全体を見回したとたん、有希の顔が真っ赤に染まる。
「きゃあああっ!」
思わず自分の身体を腕で抱きしめるようにして、その場にしゃがみこむ。
Tシャツは黒の為に透けてはいないものの、
身体に張り付いてラインと下着の線がくっきりと見えてしまっていた。
将がこちらを見なかった訳がやっとわかった。
確かに今の自分の現状では今からそのまま帰る勇気はない。
「・・・ごめん、お言葉に甘えるわ///・・・。」
結局、将の好意に甘えることになってしまった。
「おじゃまします・・・。」
将から渡されたタオルで身体や服の水分を十分取ったあと、リビングへと足を踏み入れる。
思わず周りを見ると、以外にも綺麗に片付けられ整理も行き届いていた。
そう言えば、中学時代にも将の住んでいたマンションにお邪魔したことがあるが、
そのときもちゃんと片付いていたのを思い出し、思わず笑みがこぼれる。
「小島さん。乾燥機の使い方教えるから、ちょっとこっちに来てくれないかな?」
その時、奥の方から出てきた将がこちらへ向けて手招きするのが見えた。将に案内されて洗面所に入る。
「このボタンは、強さとかいろいろ調節できるから。そしてこれがスイッチ。
この二つを押してればあとは自動でやってくれるよ。」
「ありがと、風祭。」
にっこりと笑顔を浮かべた将を見て、緊張で少し強張っていた有希も自然と笑顔になる。
精悍な顔つきにはなってはいたが、彼の笑顔は変わってはいない。
中学時代、悩んでいた有希に一緒にサッカーをしようと手を差し伸べてくれたときと同じ。
つらいとき励まして和ませてくれる彼の笑顔が有希は好きだった。
その笑顔や彼の人柄に触れるたび、いつのまにか彼に抱いていた気持ちが友達に対するものから、
異性に対するものに進化してしまっていた。
けれど、一時期この笑顔が見られなかったことがあった。
数年前ナショナルトレセンにいっていた将が、選手生命が危ぶまれるほどの大怪我を負ったときだ。
退院してきた将は、桜上水のチームメイトに笑顔を浮かべてはいたが、
有希にはその笑顔が以前とまったく違うものになってしまっているのにすぐ気づいた
。明らかに無理をして、一生懸命笑おうと努めていた。
聡いシゲや水野や不破、そして将の成長を楽しみにしていた飛葉中の椎名などは気づいていたようだが、
彼の怪我の直接の原因を作ってしまったシゲと、
明らかに自分が無理をさせてしまったせいで彼が怪我を負ってしまったと思っている水野、
そして元々が口下手な不破はかけてやる言葉が見つからないようだった。
椎名にしても同様だ。
「小島さん?」
黙ったしまった有希を心配したのか、将が顔を覗き込んでくる。
その顔に近さに思わず、どきりとしてしまって頬が自然に熱くなった。
「あ・・。ご、ごめん!なに?」
慌てて将の傍から一歩離れた。将はきょとんとしていたが話を続ける。
「あの身体冷えてるだろうから、風呂で温まったほうがいいかと思ってさ。ちょうど風呂沸いてるし入ってきなよ。」
その言葉に一瞬思考が止まった。
「え?」
思わず将を伺うと、将はニコニコと笑顔を浮かべていた。
「だから、風呂に入っているうちに服も乾くと思うから一石二鳥だと思って。」
「で、でも!そこまでしてくれなくても!ただでさえ雨宿りさせてくれて、なおかつ服も乾かせてもらってるのに・・・!」
それはあまりにも申し訳なかった。
ただでさえ今もいろいろと彼の言葉に甘えさせてもらっているのに、これ以上は気が引ける。
「大丈夫。俺はかまわないから。このままだと風邪引いちゃうかもしれないし、ね?」
にっこりと和やかな、それでいてどこか逆らえない笑顔で微笑む将に、有希は言葉を失ってしまった。
結局続きものとなってしまいました。
この話は以前から暖めていたもので
題名がどうすればいいのか、文章がうまく表現できなくて
悩んでいたものです。
続きも徐々にUPしていきたいです。
多分、次で終わる・・・かな(汗)?