―――――――この想いはかなわないと知っていた。
ふたり
「桜井?」
委員の仕事が終わり、会議室から出ようとするところに後ろから声が掛かけられる。
聞いたことのある声に振り向くと、そこにはよく知る人物が立っていた。
「水野先輩。」
女子サッカー部は今日は休みだったはずだが、男子サッカー部の主将である彼は
今の時間は部活に出ているはずだった。
「どうしたんですか?男子は今練習中じゃ・・・。」
疑問を口にすると、ああとつぶやきながら困ったような顔を浮かべる。
「風祭がまだ部活にこないんだ。それで松下コーチに言われて探しにきたんだが・・・。
あいつに限ってサボるってのはないだろうし。」
その言葉に妙に納得する。
「あはは。確かにそうですよね。風祭先輩、練習大好きだから。」
将の練習好きは、周知の事実だ。
試合のときも技術を少しでも吸収しようと貪欲にがむしゃらで。
「もうあいつの練習好きには、感心というより、尊敬するよ。シゲにあいつの半分ぐらい熱心さがあったら楽なんだが・・・・。」
水野がはあ、と疲れたようにため息をついてそうゴチた。
そのよく見せるしかめっ面にみゆきはくすくすと笑った。
この様子だと佐藤成樹はまた練習には出てきてはいないのだろう。
水野と将は、何度も試行錯誤をして彼を部活休み以外の日にいつも練習に半ば強引に
参加させているようなのだが、今日は将がいないのを幸いとばかりに、水野を欺いて
成樹は逃げたのだと用意に想像がつく。
みゆきはちらりと水野を見る。
自分の彼の印象もだいぶ変わった。
将が桜上水へ転校してくる以前は取っ付きにくそうな先輩、という印象が強かったが、
以前、スポーツ店でなにを買えばいいのか悩んでいたときに、偶然居合わせた彼が、
いろいろ懇切丁寧に説明して、サッカーに必要なものを見繕ってくれたこともあって
人付き合いは少々不器用だが、優しいし、結構世話好きな人なのだなと今は知っている。
ふと、困ったように窓へと視線を向けていた水野がふとみゆきを見る。
思わず、ドキッとした。
「あ、そうだ。あと小島、見てないか?」
いえ、見てないですけど?有希先輩に用事ですか?」
唐突の質問にきょとんとしたみゆきを見て、水野は苦笑した。
「なんか部活に必要な備品やら道具を買出しにいくとか言ってたんだが、
姿を見せないんだ、一向に。靴箱を見たら靴があったから学校にいるのは確実
なんだが・・・。」
「え!?そうなんですか・・・。有希先輩ってばそう言ってくれれば、買出しに付き合った
のに・・・。」
水臭いなあ、と思いながら、ふと窓の外を見たときだった。
目に入った教室に引いてあったカーテンが風で大きく翻って、めくれる。
その瞬間。
抱きしめ合う少年と少女が見えた。
(え・・・・?)
見た光景が信じられなくて、表情が固まる。
「・・・桜井?」
窓の外を見たまま、動きが固まってしまったみゆきを変に思ったのか水野が訪ねてくるが、
その声は何処か遠くから聞こえているように感じられた。
「どうし・・・っ!?」
言葉が途中で驚いたような響きを持って、途切れた。
多分、彼にも見えたのだろう。――――将と有希の姿が。
次の瞬間、思わず走り出していた。
「桜井!」
水野が自分を呼ぶ声が聞こえたが、かまわず走り続けた。
がむしゃらに走った先は、屋上だった。
はあ、はあ、はあ・・・・。息が苦しい。でもそれよりも苦しいのは、心。
ずきん、ずきんと胸の奥が痛い。数分前に見た光景が頭の中によみがえる。
自分が思いを寄せる先輩――――風祭 将と、尊敬する先輩である―――――小島 有希。
その二人が誰もいない教室で抱きしめあっていた。
みゆきとてその光景の意味に気づかないほど鈍感ではない。
「っ・・・・!」
苦しい痛みを押さえ込むように胸を押さえた。
でもどうしてだろう?とても悲しいはずなのに涙は出てこない。
ガチャッ!
どのくらいうつむいたままだったのか。
突然勢いよくドアが開かれた音を耳にしてはっと後ろを見ると、
ひどく痛ましい表情をして自分を見ている水野がいた。
その姿を見たとき、
「・・・・本当は解ってたんです・・・。風祭先輩がいつも誰を見ていたのか。」
自然と口に出していた。
将が転校してきてすぐ、サッカー部に問題が起こり、当時のレギュラーとの試合で
ひたむきにボールを追う将の姿を見て心惹かれた。
少しずつアピールをしても鈍感な将は自分の気持ちに一向に気づいてはくれなかったが、
それでもいつかは気持ちが通じるのではないかと、信じていた。
「どんなに優しい目をして有希先輩を見ていたのか解っていたはずなのに、
無意識にだったけど、有希先輩の目があの人を追っていたのも知ってたのに・・・!
でも・・気づかないふりをした。諦めたくなかったから・・・っ!
本当に馬鹿ですよね・・・っ。」
苦しくて苦しくてはち切れそうな胸のうち。
悲痛に満ちた声で心の中で蟠っていた物を吐き出したその時。
腕が伸びてきて頭をぐいっとつかまれて引き寄せられた。
(え?えええっ!?)
水野の胸の辺りに抱き寄せられるような形になって、頭の中がパニックになる。
「・・・・馬鹿なんかじゃないさ。」
不意に掛けられた優しい声音にパニックになりかけた頭が、落ち着きを取り戻す。
「想いが叶わないかも知れないからって、そんな簡単に諦められるほど、簡単なものじゃないだろ?
人の想いっていうのは・・・・。」
ポンポンと頭を優しく叩かれる。
「・・・・・諦めきれなかったってことは、それだけ、桜井の風祭に対する想いが強かった
証拠じゃないか。」
「っ・・・・!」
優しく染み入るような水野の言葉と、その慰めるように叩く優しい手のひら。
それを感じ取った瞬間、気づくとどうしてか出てこなかった涙が視界をゆがめ、
ほろりと、瞳から零れ落ちる。
「・・・・我慢しなくていい。全部吐き出せばいい。俺は知ってるから・・・。
どんなに桜井が風祭を思っていたか知ってるから。・・・俺でいいんなら、全部受け止めるから。」
もう我慢できなかった。
「う・・・えっ・・・。うわぁぁあん!!」
もう涙は止まらず、あとからあとから流れて落ちてくる。
ぽん、ぽんと頭を励ますようにごく弱く叩き続けてくれる手のひらが優しく心地よくて。
水野の胸にすがって泣きじゃくった。
「・・・届かない思いは・・・辛いな・・・。」
ポツリと呟いた水野の声が悲しく切ない響きが含まれていたことに気づかないまま・・・・。
あとがき、という名の言い訳。
みゆき失恋話です。
うわぁ、本当に難産でした・・・っ。
特に最後のほう。
話が意味不明になっていると思うのは、私だけ・・?じゃないよね・・。
でもこれを書かないと両思いに持ってけないので(私的に)。
この話のどこが、なぜこの「二人」というお題のテーマに沿ってるんだ、
と思われるかもしれませんが、将&有希、水野&みゆきの各二人組の秘密の共有、
という意味を込めてます。