01 : 瞳があなたで満たされた
※注:学園パラレルです。
気づけば彼を自然に目で追っていた。彼の姿を見つめるたび、彼と笑いあうたびに、
心が暖かくなった。そうしていつの間にか私の心は完全に彼に囚われてしまっていた。
あの真夏に輝く向日葵のような彼に。
ことり・・・。ことり・・・。
シン・・・と静まり返った図書室の中、本を棚に戻す音だけが響いていた。
「・・・ふう。これでこの棚はお終いね。」
カートに入っていた最後の本を戻し、カウンターの上を見て、本棚に入れる本が
先ほどから中々減らない現状に、ミランダは大きなため息をついた。
作業を続行する為に、カートを押しながらカウンターへと向かう。
本来ならば、この時間帯は授業の合間にある10分間の休憩時間なのだが、
いつも耳に入る3年生の生徒たちのはしゃぐ声は、数週間ほどまったく聞こえない。
昨日まで3年生は自由登校になっていたからだ。そして、今日は卒業式。
式は終わっており、今は3年生は教室で、担任の話を聞いているころだろう。
卒業式には当然3年生を2クラスほど英語を教えている為、ミランダも参加した。
英語教師と図書司書を兼任している為、担任、副担任でもなく英語を教えるクラスも
数クラスしかないミランダは、かなり後ろの席だったが、壇上は遠めでも良く見えた。
昔からよく知る陽色の髪の少年――――――ラビの姿も。
彼も今日、高等部を卒業する。
卒業生の答辞を読むラビの姿は堂々としていて、ミランダは自分のことのように
誇らしげな気持ちになった。けれど。今までと違い頻繁には顔を見ることはなくなる。
・・・そう。なくなってしまうのだ。毎日会って、話をして。当たり前だった日常が。
そう考えると悲しくなって、じわり、と目に涙が滲んだ。
(全く会えなくなるわけじゃないのに・・・・。)
ぐっ、と涙が溢れてくるのを我慢して、作業を再開させる。
ふと時計を見ると先ほどから30分経っていた。考え事をしているうちに
だいぶ時間が過ぎていたことに気づいたミランダは慌てた。
これでは仕事はいつまで立っても終わらない。
「いいいい、いけない!は、早く片付けないと・・・・!痛っ!」
慌てふためいた拍子に、本が手から落下し、ゴン!とミランダの足に角からぶつかった。
あまりの痛みに思わずしゃがみこんでぶつかった箇所を押さえる。痛みが薄らぐのを
待って、作業を再開した。カートに棚ごとに分類しながら本を積み重ねていく。
この山のように詰まれた本は、今日、3年生の生徒たちが慌てて返してきたものだ。
それはラビも例外ではなく。まあ彼の場合、本好きが災いしてぎりぎりまで本を
借り続けていた為だが。返しに来た時のラビのばつの悪そうな、気まずげな表情を
思い出したミランダは思わず笑みを零す。けれど、同時に切ない痛みが胸を刺した。。
(・・・・私、こんなにラビ君のこと好きになってたのね・・・・。)
こんなにも切なさで胸を痛めるほどに。どうして彼をこんなに好きになってしまったのか。
ラビは初めて会ったときから、ミランダにとって弟のようなものだったのに。
ラビとは彼が中等部へとあがる頃、彼のほうがミランダを避け始めて
一時期疎遠になったが、3年前、ミランダは高等部の英語教師兼図書司書として、
ラビと再会した。久々に会ったラビは、あんなにミランダを避けていたのが嘘だと思うほど、
昔と変わらない笑顔と人を和ませるような雰囲気で、ミランダに話しかけてきた。
けれどその所作。ミランダへの接し方。そのどれもが妙に大人びていて。
あとミランダより高くなった目線。今まで見たことのないラビを発見するたび、
ミランダはとても落ち着かない気分になった。ミランダは恋愛関係には疎い。
だから、それがどんな感情からきているのか、まったく気づかなかったのだ。
そんなミランダがラビが好きだという想いに気づいたのは、数ヶ月前。
階段から落ちそうになったミランダを、ラビがとっさに抱き寄せて助けてくれたときだった。
そのとき、軽々とミランダの身体を引き寄せた力強い腕。そして思ったより広い肩と胸。
否応なしに「弟みたいな男の子」ではなく「男の人」なのだと。そう自覚させられたと同時に。
離れていく彼の腕を名残惜しいと思ってしまったとき、自分がラビを好きなのだと
気づいてしまった。
けれど自分のラビへの想いは、届くことはないだろう。
幼い頃からの顔見知りとは言え、曲がりなりにも教師と生徒だ。それに自分は
ラビより7つも年上だし、きっとラビは自分のことを「姉のような存在」だとしか
思っていない。ラビだとてこんな年上の冴えない女である自分より、彼にふさわしい
年が近くて可愛くて素敵な女の子を選ぶに決まっている。
ミランダは暗くなっていく気持ちを振り切るように、作業を再開させた。
カートを棚の傍に寄せ、本を手に取るとことり、ことりと一冊一冊丁寧に棚へと戻していく。
戻し終わると、またカートに本を積み運んで、本を棚へと戻す。そう何度か繰り返し、
ミランダが最後の一冊を戻し終えたとき。
ガラッ!!
図書室のドアが勢いよく開かれた。それは静かなこの部屋でひどく大きな音に聞こえて、
ミランダはびくりと身を震わせる。
「ミランダ?」
「ラ、ラビ君!?」
ドアが開く音に続いて自分の名前を呼ぶ声に、ミランダは思わず叫んだ。
よりにもよってこんな心の中が混乱しているときに、その原因であるラビが来るなんて。
ゆっくりとした足音がミランダがいるほうへと近づいてくる。
冷静に、冷静にとミランダは自分自身に言い聞かせながら、ラビが来るのを待った。
「やっぱりここさ〜。」
ラビが本棚の横からひょっこりと顔を出す。ミランダは彼の姿を見て目を丸くした。
右手に持っているのは、おそらく卒業証書が入っているのだろう、黒の筒。
けれど一番驚いたのは、そのいでたち。
「ラ、ラビ君、どうしたの?制服、ボロボロじゃない!」
この学園の制服はブレザー。しかしラビの制服はボタンがことごとく無くなっていた。
それによれていたり、ボロボロになっていたりとすごい状態だった。
「・・・いや、ちょっと・・・・。・・・しっかし、女の子が集団で来るとすっげぇ迫力が・・・・・。」
げんなりとして、疲れたような大きなため息をつくラビに、ミランダはなんとなく事情を察した。
どうやらボタンをもらおうと集まってきた女の子の集団に、もみくちゃにされたらしい。
この学園では卒業式に告白された者は、本命には男の子はネクタイ、女の子ならリボンと、
自分が身に着けていた物を渡し、本命以外の者にはボタンを渡す、ということが
なぜか定番となっていた。ラビと神田は特に女の子達にもてる。ネクタイが駄目でも
ボタンなら、と思う女の子だってたくさんいるだろう。けれどボタンにだって数に限りがある。
当然、競争率は高くなるわけで。
そこまで考えてどきり、とした。ラビは誰かにネクタイを渡したのだろうか。
すごく不安になりラビの襟元に視線を向けると、そこにはあるはずのものは無く。
それを見たミランダは思わずラビから目を逸らした。心に、絶望が広がっていく。
ショックを受けると同時に、ああ、やっぱり。という思いが浮かんだ。
わかっていたのことではないか。ラビが自分を選ぶことはないと。
でもわかっていたはずなのに。痛いほどわかっていたはず、なのに。
どうしてこんなにも胸が張り裂けそうになっているのだろう。涙が浮かんでくるのだろう。
「・・・・ミランダ、どうしたん?気分でも悪い?」
たずねる声にはっと我にかえった。
顔を上げると、ラビが心配そうな表情で、自分を見つめている。
涙が浮かぶのをぐっと我慢して、慌ててミランダは顔をぶんぶんと勢いよく横に振った。
「な、なんでもないのよ。あ、そう言えば、一番言わなくちゃいけないことを言って
いなかったわね。・・・・改めて、卒業おめでとう、ラビ君。」
ミランダはこれだけは言わねばならないと、悲しみを覆い隠すように微笑んだ。
ラビはなにか驚いたように目を見開いたが、それも一瞬のこと。
「・・・ありがと、ミランダ。」
ミランダの祝福の言葉に、ラビは微笑んで返事を返すが、その微笑はすぐさま掻き消え、
何かを決意したように、伝えようとしているように真剣な表情でミランダを見つめてくる。
その差すような視線の強さに、ミランダは息を呑んだ。
「・・・卒業したら、ミランダに言おうと思ってたことがあったんさ。」
ラビはそう言って、真剣な表情のまま、ゆっくりとミランダに近づくと、その手を取った。
そしてもう一方の手をポケットに突っ込むと、なにかを取り出し、ミランダの手に握らせる。
ミランダがなにかを握らせられた手に視線を落とすと、驚いて目を見開いた。
その手に握られているのは、他でもない、男子生徒用のネクタイ。
「・・・好きだ。・・・ずっと、もうずっと前から、ミランダが好きなんさ。」
ミランダがゆっくりと顔を上げる。そこには今まで見たことの無い熱い視線で、
ミランダを見つめるラビがいた。
「・・・・そ、そんな・・・、だって・・・・教師と、生徒で・・・・、私、7つも・・・年上で・・・。」
居た堪れなさに首を逸らして、ミランダはラビの視線から逃れようとした。
確かにラビの気持ちは嬉しい。けれどなぜ自分なのか。
こんな不器用で、冴えない、年上の。なんのとりえもない人間なのに。
「そんなの全然関係ないさ。俺はミランダだから好きなんだ。なにも飾らないアンタだから。」
そう言うとラビはミランダの両頬に手を添えて、自分に向き直させる。
そうしてミランダを、隻眼の碧玉で見つめると優しく微笑んだ。
「俺が望むのは一つだけなんさ。お願いだ、言ってミランダ。俺のことどう思ってるか。」
そう答えを促すラビの優しい微笑みを見た瞬間、目の奥が熱くなる。ミランダはもう
我慢できず涙が流れるのに任せた。瞳から涙がぽろぽろと零れ落ちていく。
手の中にあるラビのネクタイを握り締めて、ぎゅっと目を瞑った。
飾らない自分好きだと言ったくれたラビの言葉が心に染み渡っていく。
もうミランダはラビへの想いが溢れて、堪えることができなくなった。
「・・・本当に・・・・・私でいいの?」
嗚咽を零しながらミランダがそう尋ねると、その額に柔らかなものが優しく触れる。
「ミランダじゃなきゃだめさ。本当にミランダじゃなきゃ駄目なんさ。
ずっと俺の傍にいて、ずっと俺だけを見つめていて?」
ラビはそう言うと、ミランダはこくりと頷いた。本当は声に出したかったのだが、
あまりに幸せに胸がいっぱいで声が出なかった。瞳にあのミランダの大好きな真夏の
向日葵のような笑顔を浮かべたラビが見える。ラビはそのまま、ミランダの腰に手を廻して、
抱き締める。ミランダはラビの腕の中で目を閉じた。その瞼から一粒の涙が零れ落ちる。
そして、その口から大切な大切な言葉を紡いだ。
「・・・・私も、ラビ君が・・・・好き・・・。」
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素敵企画「「SummerFlowers 2008」様へ投稿した作品です。
でも手痛い失敗に泣かされた作品でもありました(泣)。
メールに件名つけずに〆切ぎりっぎりで提出した挙句、
件名を忘れたことに気づいて、訂正メールを送ったのが
翌日の深夜だという・・・・・(恐)!うう、残業なんて嫌いだ!
本当にシャレにならない状況だったんですよ。忙しすぎて・・・。
もうなにを言っても言い訳にしかなりませんが、
主催者の月白様には、頭の下がる思いです・・・・!
企画 「SummerFlowers
2008」提出作品