4.吐露








言ってからしまったと思った。




気まずい気持ちを誤魔化すように、紙コップの中身を飲み干す。
キラが地球連合の兵士になっていたこと、そしてあのストライクのパイロットだったことに驚いた、
と言いたかっただけなのだが、キラはそのまま俯いて押し黙ってしまった。
もしかしたらキラは、の古傷をえぐってしまったと思っているのかもしれない。
1年前、ぼろぼろになっていく自分を、一番支えてくれたのは彼だったのだから。




確かに今でも父を思うと悲しくなる。だが地球連合を恨む気持ちはにはなかった。
完全に許すことはできはしないけれども。
生前、父が言っていたことを思い出す。




『もし誰かが、私や、お前の大切な人たちを奪っても、決して復讐に駆られて、その誰かの命を
奪ってはいけないよ。その人にも大切な人がいるということを忘れてはいけない。
お前がその誰かを殺せば、その大切な人たちが今度はお前を殺して、またお前を大切に
思うものが、またその誰かを殺す。憎しみに駆られて相手の命を奪っても、あとには破滅しかない。
そして虚しさが残るだけだ。更なる憎しみが生まれるだけだ。それに私は、お前には憎しみばかりを
抱いて生きていてほしくはない。いつまでも幸せに笑っていてほしいのだよ。』




もしかしたら、そのとき、父は後に自分に起こることを予測していたのかもしれない。
ふとキラを伺い見る。




(ああ、このキラの表情は・・・・。)




これはなにかを言いたいのに、必死にこらえている表情だった。
物心つく頃からずっと姉弟のようにキラと過ごしてきたには良くわかった。
キラは相当辛い思いをしてきたようだった。
それはそうだろう、戦いなどなにも知らないオーブの一般市民だった彼が、
戦争の只中へ身をおくことになってしまったのだから。




ストライクを始め、イージス、デュエル、バスター、ブリッツのMSシリーズは、
この5機は開発当初はM1アストレイのように、かなりOSの質はいいとは言えなかった筈。
キラは、短い時間でその高いプログラミング能力で、自分の反応速度にあわせ、OSを組み立て、
ストライクを完全に動かせるようにしたのだろう。だが、キラのプログラミングは癖がある。
その上、彼はプログラミングに関しては精通した腕を持つ。
その為、ストライクはキラしか動かせないものとなってしまったのだろう。
だからこそ、唯一ストライクに乗れる自分が、戦争の只中に放り込まれ、戸惑う友人たちを
護られなければと、キラは思ったのに違いない。




確かにエリカが密かに入手した例のOSをが見た限り、実験を重ね、キラのように
プログラミングに精通した者が、ナチュラル用に特化しない限り、ナチュラルでは動かせない代物だった。
しかし、MSを駆って戦うということは、人の命を奪うのと同意義だ。
しかも相手はキラと同じコーディネーター。言うなればキラにとっては同胞なのだ。
それにキラは優しすぎる。そんな人間に「人殺し、裏切り者」と、言う言葉は重たすぎる。
いくら護る者のために戦うという、大義名分があろうとも。




また、環境もキラには重荷になるだろう。地球連合=ナチュラルの軍隊という図式の中で、
たった一人だけのコーディネーターとして存在しなければならない。
地球連合軍はコーディネーター蔑視の者が多い。聞くところによると、アークエンジェルの面々は
コーディネーターであるキラに対して寛容のようだが、始めはキラに対する風当たりは強かったのかも知れない。
そんな中で、キラはどんな思いでいたのだろうと思うと、胸が痛かった。




いつのまにか、ごく自然に、はキラの頭をそっと優しく撫でていた。
ゆっくりとキラが顔を上げる。




「・・・・・話すことでキラの気持ちが楽になるのなら、言って頂戴?1年前、絶望していた私を
ずっと励ましてくれたのは、キラだった。今の私がいるのは、あなたや叔母様、叔父様のおかげよ。
今度は、私があなたの力になる番だわ。」




くしゃり、とキラの顔が歪んだ。たちまちのうちにキラの瞳が揺れて涙が盛り上がる。
そして堰を切ったように涙がボロボロと零れ落ちた。




「・・・っ!・・・っ!!・・・・アスランがっ・・。」




すがるようにの両腕を掴み、肩に顔を押し付けてくるキラの口から出た幼馴染の名前に、
は目を瞠った。




「アス、ランが、・・・・・ザフトの・・・・兵、士に・・・・・・・!!」




頭が真っ白になった。の手からつるりと、空になった紙コップが落ちる。




カコン、カラカラカラカラ・・・・。




紙コップが転がる音だけが、耳を通り抜けていく。
キラの言ったことをゆっくりと頭で理解すると同時に、「どうして?」と何度も自問する声が、
頭の中で反響している。さあ・・、と血の気が引いていく音がした。




「・・・ど・・どういうこと、それっ!?どうして、なんで・・・・アスランがザフトに入隊してるの!?
だってっ・・・・・、だって・・・・アスラン・・・・言ってた、じゃない・・。戦争なんて嫌だって!!」




震える手でキラの肩を掴んで、彼を問い質す。




『戦争は嫌だ。』




そう確かにアスランは言っていたではないか!
あのキラにトリィを、にピュイをくれた別れの日に。
そのアスランが、なぜザフトにいるのだ!




そのの疑問に答えるように、キラが少しずつ知っていることを話してくれた。
レノアが科学者としてユニウスセブンで暮らしていたこと。
彼女もまた、あの「血のバレンタイン」のとき、父同様、彼女も命を落としたこと。
そしてレノアの命を奪った地球連合を憎み、アスランがザフトに入隊したこと。




「・・・・そ、んな・・・・・、レノアおば様まで・・・・・・!!」




父の命を奪った核。それは同時にレノアの命まで奪っていたのだ!
父を喪ったときと同じ喪失感がの胸を占める。両手で苦しさに耐えるように服の胸元を掴む。




(レノアおば様・・・!)




心の中で今はもういない人の名前を呼んだ。優しかったレノア。
ナチュラルである自分を本当の娘のように可愛がってくれた人。
また大切な人を喪った悲しみと同時に、の中に大きな疑問と得たいの知れない不安が浮かぶ。




ど  う  し  て  キ  ラ  は  こ  の  こ  と  を  し  っ  て  い  た  の  だ  ろ  う  ?




あの桜が散る別れの日以来、アスランとは音信不通になっていたはずだった。
あとから父に聞いた話では、アスランの父親はプラント議員で、レノアとアスランは、
ブルーコスモスから身を守る為、極秘で中立地域であるコペルニクスに移ってきていたらしい。
プラント議員の息子と、月に住むごく一般家庭の息子が簡単に連絡が取れるはずがない。
また連絡が取れる手段があるのなら、キラはにも教えてくれたはずだ。
キラの話の内容からして、まるでアスラン本人から聞かされたようだった。
そこまで考えて、脳裏を一瞬よぎった考えに、手ががくがくと震えた。
キラが直接アスランと会話するには一番の可能性があり、一番考えたくはないこと。




「ま、さか・・・・、アスラン、なの・・・・?」




目の前が真っ黒になる。震える唇でそう呟くと、キラがはっ、と勢い良く顔を上げた。




「・・・・もしかして・・・、キラを・・・、アークエンジェルを・・追って、きてるのって、・・アスランなのっ・・・!?」




その問いに、の表情を見つめていたキラは、苦痛をかみ締める表情でから顔を逸らした。
そのキラの表情で、は自分の考えが正しかったの悟った。







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