3.煩悶
ぐったり。
そう形容するのがふさわしいほどキラは疲れていた。
原因は何を言い渡されるのかと言う緊張感からくる疲れもそうだが、
ほとんどはアサギ、ジュリ、マユラと呼ばれていたオーブのテストパイロットたちだ。
年頃の女性特有のパワー。
近くにいたのがマリューやナタルなどの軍人女性や、ミリィ、カガリは女性を感じさせない、
というかフレイを除きさっぱりとした女性ばかり接していたために、
ああいうかしましいと言うか、キャピキャピとした勢いがある雰囲気にキラは慣れていない。
フレイ。
思考のなかで浮かび上がった名前に心が沈んだ。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。フレイが自分を好きではないことを判っていたのに、
自分は確かに彼女に憧れていた。でも自分は本当にフレイを好きではなかったのに。
同時にキラの脳裏に優しげな桃色の髪の少女の面影がよぎる。
今思えば、あの少女――――、ラクス・クラインとのひと時だけがキラは一番安らげたときだったと思える。
「あなたが優しいのは、あなただからでしょう?」
ラクスの言葉はキラの心にゆっくりと染み渡り、癒してくれた。
でもラクスをアスランの元へと戻した後、自分は己の存在意義を見失い打ちひしがれた。
そのときフレイだけが優しくしてくれたことに甘え、彼女の手に縋ってしまった。
ラクスに惹かれる心を打ち消して。
与えられた優しさと偽りの癒しを勘違いし、互いに縋りあうだけの世界を作ってしまった自分たち。
そしてサイとキラとの間は、よそよそしいものに変化してしまった。
サイは自分を憎んでいるだろう。サイはフレイが好きだった。フレイもサイを頼りにしていた。
二人は親の決めた婚約者だった。二人は互いを大切に思っていた。それをキラが奪ってしまったのだ。
「はい。」
暗い思考へ沈もうとしているキラの精神を引き止めたのは、飲み物の入ったコップを彼の前に差し出す手。
顔をあげると優しい瞳でにっこりと笑顔を浮かべるがいた。
「・・・・ありがとう。」
彼女からコップを受け取ってから、一口飲んだ。
爽やかな清涼飲料水の味が口いっぱいに広がる。その爽やかな酸味と甘みに心がほぐれて、キラはほう・・・と一息ついた。
コップを渡したはそのままキラの横へと座る。その手にもコップがあった。
彼女のコップの中身は冷えたココア。そういえば彼女はココアが好きだったな。
そう微笑ましく思いながら、また一口口に含む。
ふと見るとそばではトリィとピュイが遊んでいた。
「・・・・・でも驚いたわ。」
いまだ戸惑いを感じさせるの声音に顔を彼女へと向けると
は色々な感情が入り交ざったような表情で手にあるコップに視線を注いでいた。
「キラが・・・、トールやミリィたちが・・・・。地球連合に志願して、しかもキラがあのストライクのパイロットだなんて。」
「!・・・・・。」
ぽつりと話すにキラがはっとした。そして同時に彼女が複雑な表情をしていたわけを思い出す。
確かには地球連合にいい印象を持ってはいないだろう。キラはその理由を知っていた。
キラの脳裏に優しげに微笑む彼女と同じこげ茶の髪をした男性が浮かび上がる。
小さなころ優しく頭を撫でてくれた大きな手のひら。
「を頼むね。キラ。」
いつも留守にするたびにそう言われた。どこまでもどこまでも娘であるを愛していた人。
キラの叔父でもあったカイト・。
何事にも縛られず、たくさんのナチュラルとコーディネーターを平等に救ってきた稀代の医師。
の父は表向き「ユニウスセブンの悲劇」と同時期に発生したシャトルの爆発で死んだこととなっているが、
、キラ、キラの両親はそれが偽りだと知っている。
・・・・・殺されたのだ。それも地球軍に。正確にはブルーコスモスに。
の父はブルーコスモスに狙われていた。
「自分がナチュラルでありながら、ナチュラルとコーディネーターを平等に扱うことが気に喰わないからだ。」と
彼自身の口から聞かされていたから。
1年前のあの日。
いつもと変わらずの父は出かけていった。
「知人の要請でユニウスセブンへ行く。」と自分たちに伝えて。そしてそれが彼をみた最後となった。
そしてあの惨劇は起こった。
CE70年、2月14日「血のバレンタイン」。
地球軍の核攻撃によって農業プラント「ユニウスセブン」は壊滅。訪れていたカイトも犠牲となった。
そして母、カリダの親友であり、キラの親友、アスラン・ザラの母レノアも。
混乱の中、プラントにいるカイトの知人の好意と中立であるオーブの国民であったことも幸いしてか、
合同葬儀に参列することができることとなり、はプラントへと旅立った。
しかしプラントから帰ってきた後のは見ていられなかった。
少しのことでも錯乱し泣き叫び、食物も食べても戻してしまい、身体が栄養を受け付けることを拒否していた。
日に日に憔悴し痩せていった彼女。
そんな危ない状態を乗り越えてもなお、時々うなされていたことも知っている。
この一年数ヶ月でに起きた出来事を脳裏に浮かべると同時に、良く知る少年が脳裏に横切る。
アスラン――――、大切な親友。
アスランのことを話したらはどう思うだろう。
(、アスランはザフトに入隊した。そして僕たちを追ってきているのもアスランなんだよ・・・・。)
すべてをに打ち明けてしまいたかった。
トールたちにはアスランのことで吐き出すことは出来なかった。彼らはアスランを知らなかったから。
アスラン自身を本当によく理解している者にしかキラのこの苦しい胸の内を理解することは出来ないだろう。
アスランと戦いたくないのだと。もう人を殺したくなどないのだと吐き出したかった。
アスランのことをキラと同じくらい知っているは理解してくれる存在になりえた。
しかしアスランのことを話せば、はアスランがどうしてザフトに入隊したのだと自分に問うだろう。
そうすれば自分はレノアのことを彼女に言わなければならないと同時に、ユニウスセブンのことも口に出すこととなる。
それは彼女の傷を再びえぐってしまうことになるかも知れなかった。
それほどまでに彼女の中にある父カイトの影響力は大きいものだったのだから。
NEXT
今回はキラ視点。
少々キラ→ラク風味でございます。
キラは一番身近でヒロインを見てきました。
だからこそヒロインの中にある思いも理解しているし、
過去のことも知っているからこそ
辛いことを伝えるのは渋っちゃうんですね・・・。